日曜早朝だというのに、医者の資格を持つ知人から電話がかかってきた。「あの死に方、おかしいと思いません?」。1月18日、沖縄の那覇市のホテルで死んだ野口英昭エイチ・エス証券副社長(38)のことである。
沖縄県警の発表によると、野口副社長は18日午前11時20分ごろ、那覇市内のカプセルホテルに1人でチェックインした。それから約3時間後の午後2時35分、室内の非常ブザーが鳴ったため ホテル従業員が合鍵で入ったら、ベッドの上であおむけに倒れていたという。手首などに切り傷があり、刃渡り10センチほどの小型包丁が落ちていた。 病院に運ばれたが、午後3時45分に死亡確認、死因は失血死である。
ホテルの写真を見たが、耐震設計データ捏造のビジネスホテルよりもさらにみすぼらしいペンシルビルである。死に場所にミエもへったくれもないというものの、それにしても直感的に異様と思える。しかも、その後の報道によれば、前日行われた1月17日のライブドア強制捜索時には野口副社長の自宅やエイチ・エス証券のオフィスも家宅捜索を受け、野口氏本人も立ち会ったという。その翌日、何用あって沖縄に飛んできたのか。そして逃亡犯になるならいざしらず、死を選ぶのになぜこのホテルだったのか。
それだけではない。報道によれば、傷口が5カ所、喉の左右の頚動脈と、左右の手首、そして腹部だそうである。どの傷口が致命傷になったかは判然としない。電話をかけてきた知人が指摘するように、それが自殺だなんて「法医学的にはありえない」。
ためらい傷をいくつも残すことはありえても、それは左手首なら数ヵ所とひとつに集中する。左手首を切って次に包丁を持ち替えて右を切って、さらに首という順で死のうと人は思わないのだ。いわんや、左の頚動脈を切ったら、血圧が低下して右の頚動脈まで切る力がなくなる。そのうえで腹部を刺す? これは不自然である。
非常ベルは自分で押したと警察は見ている。とすれば、従業員が駆けつけたとき、野口氏は虫の息か、とにかくまだ死んでいなかった可能性がある。遺書はなかったという。それでも、現場に荒らされた様子がなく、家族に自殺をほのめかす言動もあったことから、県警は自殺と判断した。他殺の可能性には言及していない。なぜなのだろう。
野口副社長は証券会社勤務を経て、2000年にライブドアの前身「オン・ザ・エッヂ」に入社し、同社の東証マザーズ上場に携わった。その後、ライブドアグループの投資会社キャピタリスタ(現ライブドアファイナンス)の社長に就任し、堀江貴文ライブドア社長(33)や宮内亮治取締役(38)にその能力は高く評価され、一部新聞では「側近」と報じられた。
一理ある。02年6月に野口氏は旅行代理店HIS傘下のエイチ・エス証券に転じたが、それ以降もライブドアが手掛ける企業の合併・買収(M&A)で宮内取締役らと連絡を取り合っていたというからだ。ライブドアが消費者金融会社などの買収に使った投資事業組合は、エイチ・エス証券子会社「日本M&Aマネジメント」(JMAM)が運営しており、ライブドア側の指示で契約書の作成などを行わせていたという。
エイチ・エス証券は19日、野口副社長の死亡を確認するとともに、「JMAMサルベージ1号投資事業組合は有限会社キューズネットおよび株式会社ロイヤル信販への投資を目的として2004年5月に設立されており、その後、2004年10月に両者の持分を株式会社ライブドアに譲渡した」ことを確認する発表(「日本M&Aマネジメント株式会社」の運営する投資事業組合ならびに弊社代表取締役副社長 野口英昭 に関するお知らせ)を行った。
会見に臨んだ澤田秀雄エイチ・エス証券社長(HIS会長)は涙を浮かべ、その写真が英経済紙フィナンシャル・タイムズ(アジア版)の第一面をデカデカと飾ったが、あくまでも「投資組合の取引は適法に行われた」と強調した。しかし不自然な死亡状況が、野口氏の果たしていた役割について疑念をかきたてる。東京地検の伊藤鉄男次席検事は「誠に悲しいできごとで、ご冥福をお祈りします。東京地検で取り調べたり、呼び出したりしていた事実はありません」との談話を出したが、これまでよくあったように通り一遍である。
思いだすことがある。88年8月、一人の男が行方不明になった。大阪の仕手集団「コスモポリタン」の池田保次社長である。日本ドリーム観光、雅叙園観光、タクマなどの株買い占めで勇名を馳せた。東海興業株の33%が青木建設に渡った一件でもコスモポリタンが介在し、そのスポンサーの一人が三澤千代治ミサワホーム前社長であることがかいま見えたことがあった。
が、ブラックマンデー後に資金難がウワサされるようになり、コスモポリタンの子会社が倒産してから、周辺がきな臭くなってくる。仕手の原資にアングラマネーを入れていたと見られ、大損をさせて脅されていると言われだした。池田氏は新大阪駅から新幹線で「東京方面に向かった」まま姿をくらます。夜逃げか、殺されたのか。その後も何度か、彼を見かけたという情報は流れるが、真偽が確認されないまま今日にいたっている。
仕手を追っていた記者のあいだ(私を含めて)では、「きっと簀(す)巻きにされて、東京湾でコンクリート詰め。クワバラ、クワバラ」と半ば冗談で笑い飛ばしていたが、最近、池田氏の身近にいた人の話をじかに聞いたら、「当時は怖いから、東京方面に向かったことにしといたんや。ほんとうは反対のホームから新神戸方面へ向かった」んだそうだ。おお、菱の代紋だったのか。池田氏は神戸の海の底に沈んでいらっしゃるのか。
消えた池田氏と死んだ野口氏が重なって見える。ライブドアがアングラマネーとどうかかわったかを突き止めるキーパーソンを、沖縄で失ったのかもしれない。
東京が大雪に見舞われた1月21日、増上寺光摂殿で野口氏の通夜が営まれた。エイチ・エス証券関係者や野口氏の知人ら約760人が参列した。音もなくふり積もった雪は、故人が残した沈黙の重さを象徴していた。
投稿者 taked4700 日時 2009 年 1 月 04 日 02:50:29: 9XFNe/BiX575U
http://www.asahi.com/national/update/0103/SEB200901030001.htmlより引用
偽メール問題で06年に議員辞職した永田寿康・元民主党衆院議員(39)が3日、北九州市のマンションから飛び降り自殺を図り、死亡した。マンションの10〜11階踊り場に遺書らしき内容が書かれたノートのほか、焼酎1.8リットルの空の紙パックがあったという。永田氏は市内の病院に入院していたという。
福岡県警の調べでは、午後6時25分ごろ、同市八幡西区里中3丁目のマンション駐車場に男性が倒れているのを住民が見つけ、「人が転落したようだ」と110番通報した。全身を強く打っており、午後7時6分に死亡が確認された。
永田氏は00年6月の衆院選千葉2区で初当選。連続3期当選を果たした。06年2月、衆院予算委員会で、ライブドアの堀江貴文元社長が社内メールで、自民党の武部勤幹事長=当時=の親族あてに送金を指示した、とする質問をした。同3月、永田氏は衆院懲罰委員会で「メールは偽物」と認め、武部氏らに謝罪し、同4月に議員辞職した。
以上引用終わり
ニセメール問題は、意図的に永田寿康が仕組んだように見える。国会での質問の時も、何か覚悟するような表情があり、第3者の意を受けて動いていることが見え見えだった。多分、ニセメール問題は二つの目的があったのだ。一つは、2006年2月16日のニセメール事件のほぼ直前である2006年1月18日に起きた、当時のエイチ・エス証券副社長・野口英昭のなぞの自殺事件からマスコミなどの関心をそらすためだ。そして、もう一つが、堀江隆文の衆議院選出馬をめぐる金の動きをごまかすためだろう。
野口英昭の死は非常に不自然なものだった。背景として、ライブドア株の売り逃げ、つまり、結局ライブドア株の暴落で損をしたのは一般市民投資家だけであり、暴落直前に売り逃げをしたプロの投資家がいたはずで、その中には、外国証券のみならず、日本の政財界関係者もいたはずだというものだ。そう言った関係者の詳細を知っていたのは、投資組合を組織していた野口英昭であり、彼の死は、そう言った関係への捜査を不可能にさせるものであった。つまり、ライブドア株の暴落によって損失をこうむった一般投資家からの訴訟で、誰が売り逃げをしたかを調べられることを見越していたわけだ。そして、彼の死後、テレビで、空港の監視カメラに野口英昭を出迎える4人の人が映っていたという証言が流されるなど、自殺ではなく他殺であることを示唆する証拠が報道されだしていた時期に起ったのが永田議員によるニセメール事件だった。なお、空港の監視カメラは野口さんの奥さんが見て、「顔が分かるほどの映像ではなく、人物の移動が分かる程度のものだった」とテレビで証言をしているが、これ自体が非常におかしい。なぜならば、人の特定が出来ない監視カメラは意味がないからだ。多分、奥さんは、ニセの映像を見せられたのだと思う。また、野口英昭の自殺方法自体についても、疑問が呈されている。http://facta.co.jp/blog/archives/20060123000059.html にその記事があるが、要するに、「報道によれば、傷口が5カ所、喉の左右の頚動脈と、左右の手首、そして腹部だそうである。どの傷口が致命傷になったかは判然としない。電話をかけてきた知人が指摘するように、それが自殺だなんて『法医学的にはありえない』。ためらい傷をいくつも残すことはありえても、それは左手首なら数ヵ所とひとつに集中する。左手首を切って次に包丁を持ち替えて右を切って、さらに首という順で死のうと人は思わないのだ。いわんや、左の頚動脈を切ったら、血圧が低下して右の頚動脈まで切る力がなくなる。そのうえで腹部を刺す? これは不自然である。」と言うことだ。
次に、堀江隆文の衆議院選出馬をめぐる疑惑だ。永田が持ち出したニセメールでは、「堀江が、衆院選出馬に関して、武部勤自民党幹事長の次男に対し、選挙コンサルタント費用として3000万円の振込みを指示した」というものだが、多分、実際は、自民党が堀江に金を支払っていたはずだ。郵政選挙は、200兆円を超える郵貯資金を民間の管理にゆだね、それをアメリカに対する投資に使わせようという狙いを持って行われたものだ。そして、それと共に、郵政民営化及び対米投資に反対する動きを何とか封じ込めようとして幾つかの工作が行われた。その一つが、亀井静香、綿貫民輔が自民党を離れ、民主党を撹乱する勢力となったことだ。亀井は一応郵政民営化に反対して離党したことになっているが、それは口実に過ぎず、国会議員として当選させる必要が自民党にもあった。だからこそ、対抗馬に、堀江を持ってきて、しかも、自民党公認とはせず、また、民主党の公認も受けさせなかった。かなり有力であった民主党公認候補(佐藤公治)の票を食うために堀江が使われたのだ。だからこそ、堀江の応援に、小泉純一郎が出てこず武部勤が出てきたのだ。そして、浮動票である堀江の票があまり伸びないように伊藤洋二と言う27歳の元証券会社員を立候補させたのだ。つまり、最初から堀江は落選する予定で立候補したことになる。そのための金が自民党筋から堀江に動いたはずなのだ。そして、そう言った動きをごまかすために、まったく逆の筋書きを描いて見せたのが永田が持ち出したニセメール事件だった。まったく逆の可能性を見せて、いろいろな捜査・関心を欺こうとするものだったわけだ。
ただ、永田寿康は死んだ。彼の死は、多分、多くの政治家、官僚、マスコミ関係者などへ色々な思いを与えているはずだ。多分、一つには、「一度でも組織に関わり、そのお先棒を担いだ連中はこういう哀れな結末しか迎えられない」と言うものだ。また、それとは多分正反対の「あいつは組織から捨てられた。あいつはただの駒に過ぎなかったのだ。俺たちは違う。組織の中枢に絡んでいて、組織を動かしているのだからあんなことにはならない。今後も、組織のために頑張るのだ。これを脅しに使って、組織強化をしよう。」と言うもの。そして、多分、「結局、金のために動いていたからだ。それも、日本にいながら日本を裏切って自分を偽っていたからだ。そう言った偽りは結局、いつかは破綻するもので、これはその始まりだ。」と言うもの。
最近は銀行も合併やら買収やらで大荒れですが、こうした合併劇は、別に今に始まったことではなくて、70年ほど前はもっと過激でした。当時の日本は史上まれにみる恐慌時代。経済破綻が日本を戦争に導いたと云っても過言ではありません。
そこで、当時、名古屋銀行(→東海銀行→UFJ→三菱東京UFJ)が株主に送った文書から、その混乱ぶりを眺めてみましょう。

恐慌前夜、内務省に押し掛ける失業者たち(1925)。
景気回復を狙った「金解禁」が日本経済を崩壊させた。
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第一次世界大戦中、各国が金本位制を停止するなか、日本も大正6年(1917)9月12日、金本位制を停止しました。戦後、各国は相次いで金(輸出)解禁を行いましたが、関東大震災などで脆弱な経済状態だった日本は、以後13年間も不自然な禁止措置を続けました。
昭和4年(1929)11月、浜口雄幸内閣は金解禁を翌年から実行すると発表。これにより為替相場の安定や国際競争力の強化、そして景気回復を狙いました。
このとき(昭和4年12月)名古屋銀行が株主に送った「繁榮の招來策として節約預金を推獎す」という文書がこれ。国際経済にもまれることになるので、国民は皆貯蓄に励もうという内容です。
獨逸に於ける國際節約デー
好景氣が來るやうにといふ歎聲を聞くのも久しいことになります、然し好景氣はなかなか思ふ樣にやつて來ません、太平洋の彼岸には萬年繁榮の國と羨望されて居る米國がありますが、米國は國土廣く天然資源が豊富で、日本のやうな國土の狭い富源の薄い國は追隨が困難であります、然るに飜て歐洲の獨逸を見ますと、獨逸は大戰によつて國土を削られ多額の賠償金を課せられ、天然の惠みの薄いことは我國とよく似て居りますが、最近は非常な勢で復興しつゝあるといふことであります、獨逸が盛んに復興しつゝあるといふ事實は誠に興味あることゝ思ひます、最近獨逸に於ては過般倫敦に於て開かれました國際節約會議の提案に基き第一回國際節約デーを催しました。
其の趣旨は「値打ちな品物を生産する唯一の手段は、節約に依つて一國の資本を蓄積するより外にない」と云うので、獨逸全國の貯蓄銀行が共同宣言書を發表し、青年男女及學校兒童に對し、徹底的節約によつて資本蓄積の必要を宣傳しました。
聞く處によれば、獨逸國内の貯蓄銀行預金現在高は過去四年間に、拾五億マークから八拾五億マークに達したと云うことであります。
我國に於ける金解禁斷行と節約宣傳
我國に於ても機運は圖らずも廻つて來まして、政府の來年度豫算は拾六億八百萬圓となり、前年度に比し壹億六千五百萬圓を緊縮せらるゝ事となりました。
一方、臺閣諸公の熱心なる節約宣傳は、一般國民の漸く了解する處となりまして、大正八年以來著しき入超を續けて居る貿易入超額も、本年度は十一月迄に於て六千八百萬圓に縮小して、前年同期に比し壹億貳千七百萬圓の入超減となり、又貿易の内容を見ましても徒に退嬰に陷らず國際貸借も誠に順調に向つて參りまして、多年、懸案となつて居りました金の輸出解禁問題も愈々解決せられ明年一月十一日よりは本當の金兌換の制度に復歸する事になりましたのは、上下心を一にして努力した結果であつて、誠に慶賀に堪へない次第であります。
然しながら金解禁をしたからとて、直に景氣の恢復となり、次には好景氣來となると云ふ譯には參りますまい。
今迄は金の輸出解禁と云ふ一つの温室の中に保護せられて居つた我國の産業は、解禁後になりますと此の温室を出て自由なる國際間の競爭塲裡にほり出される事となるわけで、今後の我國の産業界は容易ならぬ苦痛を凌いで、本當に立直しをなし、合理的の經營をやつて行かねばならんので、好景氣が早く來るも、又反對に一層不況に陷るのも、お互今後のやり方一つにあると思ひます。
されば此の重大時機に當りまして、全國民は一般商工業者と云はず、給料生活者と云はず、擧つて勤儉力行冗費節約に精進して行かねばならんと考へます。
然らば如何にして節約すべきか、節約の餘地は何處にあるか、又節約して得た結果を如何致したらば皆樣方の御利益であり、又一國の爲めにも利益となるのでありませうか。
(中略)
節約預金開始の趣旨
今や何人と雖も、全國民擧って勤儉力行冗費節約經濟立直しの大運動に參加すべきでありますが、皆樣に於かれましては、先ず第一に冗費節約の模範を御示し下さる樣切に御勸め致したいのであります。されば當名古屋銀行はそのお手傳ひの意味で、皆樣が毎日の剩餘金をお積立て願ふため、此度別紙申合の精神によつて「節約預金」を始めることに致しました。
(後略)
金解禁は世界恐慌(1929〜)のさなかに行われたため、政府の意図に反して国内経済は大混乱となります。世界の物価下落に日本の下落が追いつかず、値段の高い日本製品はまったく売れなくなったのです。企業はみな倒産、労働争議は多発、一家心中や身売り、浮浪者があふれ、世相は不穏になっていきます。
結局、昭和6年(1931)12月、金は輸出再禁止となるのですが、その直前の8月に名古屋銀行が株主に送った文書を紹介。
本年に入りましても我財界各方面の不況は容易に恢復の曙光を見るに至りません、一般物價は小康状態に入りました樣ですが重要輸出品たる生絲の低落より繭價は激落し地方農村の購買力を著しく減退せしめ、一般人心は萎靡(いび)沈滞し商取引は益々不振に陷りました、偶々六月下旬になつて米國大統領の戰債一ヶ年猶豫の提唱を動機として我國の財界も亦萎縮せる人心を刺戟すること著しく前途に多大の望をかけられ今後どう展開致しますか非常に興味を持たれて居る次第であります。
(以下略)
満州事変の勃発(1931)やイギリスの金本位制停止で、日本の禁輸出再禁止も近いという憶測のなか、円売りドル買いが加速。政府の買い支えもむなしく、ついに犬養毅内閣は金再禁止。金解禁時には10億7000万円あった正貨準備高は,
すでに4億円に激減していました。
ドルを買い占めた財閥の横暴に対し、国民の不満は増大。この反感に乗じて右翼や軍部が力を持ち始めていき、以後、満州国建国、5.15事件などが続きます。
以下の文章は、昭和7年2月、金再禁止直後に名古屋銀行が株主に送ったもの。
財界の景況
昨年の我經濟界を顧みますと引續き世界的不況の影響を受けまして對外貿易は更に萎縮し物價の低落、生産の不引合、購買力の減退何れの方面も立直りの途を見出し得ず益々其の度を深めつゝある状態で眞に經濟國難時代とも言ふべきでありました。
殊に最も大きな衝動を受けましたのは英國金本位停止以来對英為替の始末其他諸種の事情による圓賣弗買取引から巨額の正貨が海外へ流出した事でありまして日銀再度の利上げも効なく正貨準備高は遂に四億圓臺に激減し内閣更迭の直後十二月十四日我國も亦金輸出再禁止斷行の餘儀なきに至りました。
これが爲め株式各種商品市場は俄然活躍を始めましたが多年の不況困憊は容易に樂觀を許さず急激なる財界の變動によつて多事匆忙(そうぼう)の裡に年を越しました。
(以下略)
国内経済の破綻で、人々は銀行から預金を下ろし始めます。なかには資金が尽き、支払猶予を求める銀行も。これは明治銀行が送った支払猶予のお願い(昭和7年3月)。
……預金の急速なる引出に遭遇致候爲め一時手許逼迫を來し候に就は御迷惑の程は重々拜察仕何とも申譯無之候へ共目下資金調達其他善後策に付最善を盡し居候間預金御支拂の儀何卒暫く御猶豫被下度奉願候……
結局、資金の尽きた明治銀行は「重役一同誠意を披瀝し銀行整理資源として見積總額五百萬圓の私財を提供」(昭和7年6月)します。つまり重役が金を出したというわけ。今の銀行も、見習って欲しいものです。
なお金融恐慌時は、現在同様、銀行の合併吸収が盛んでした。先の名古屋銀行は、昭和16年3月27日に愛知銀行、伊藤銀行と合併し、東海銀行となります。参考までに、合併契約書を書いておきましょう。
合併契約書
株式會社愛知銀行(以下甲ト稱ス)、株式會社名古屋銀行(以下乙ト稱ス)、株式會社伊藤銀行(以下丙ト稱ス)ハ合併ノ爲左ノ契約ヲ締結ス
第一條 甲、乙及丙ハ合併ニ因リ解散シ新銀行ヲ設立スルモノトス
第二條 新銀行ノ目的、商號、資本ノ總額、壹株ノ金額及本店ノ所在地ハ左ノ通リトス
一、目 的 銀行法ニ據リ一般銀行業務竝ニ之ニ付随スル業務ヲ營ムコト
二、商 號 株式會社東海銀行
三、資本 ノ 總額 金參千七百六十萬延圓也
四、壹株 ノ 金額 金五拾圓也
五、本店ノ所在地 名古屋市
(以下略)
6月に川崎市で発覚した「リクルート」疑惑事件は、その後大きな広がりを見せ、政官財界からマスコミ界を巻き込んだ空前の大スキャンダル事件へと発展した。
これは、大手情報産業「リクルート」が、値上がりするのがほぼ間違いない系列不動産会社「リクルートコスモス」の非公開株を、トンネル会社を通じるなどして政治家らへ幅広くばらまいていたもの。
発端となった川崎市は、20日、小松秀煕助役がこの株を取得して、一億円の利益を得ていたとして、同助役を解職処分にした。
自民党など有力代議士らの家族、秘書も同株を譲り受け、公開後の急騰で売却していたことが明らかになり、7月6日には、江副浩正・リクルート会長が引責辞職した。
その混乱の中で開かれた税制国会では、同疑惑をめぐる証人喚問や資料要求の扱いなどで再三、審議が中断し、混迷を深めた。9月に入ると、社民連の楢崎弥之助代議士に対する贈賄工作も発覚、コスモス社の松原弘・前社長室長が東京地検特捜部に逮捕され、刑事事件へと発展した。
国会でも、江副前会長らを証人喚問した。この江副発言がもとで、宮沢蔵相が、それまでに行った非公開株関与についての発言訂正を余儀なくされ、蔵相辞任。その直後には、NTTの真藤恒会長も利益を得ていたことがわかり、辞任した。
東京地検では、株ばらまきの目的は事業の展開を有利にするためと見て、疑惑の解明を急いでいるが、事態は疑獄の様相も見せている。
2002年10月24日付
リクルート事件 高石元文部次官の有罪確定
上告棄却、「不作為も職務行為」と認定
リクルート事件・文部省(当時)ルートで収賄罪に問われ、一、二審で有罪判決を受けた元文部事務次官・高石邦男被告(72)について、最高裁第二小法廷(福田博裁判長)は23日までに、高石被告を懲役2年6月、執行猶予4年、追徴金2270万円とした二審・東京高裁判決を支持し、高石被告側の上告を棄却する決定をした。高石被告の有罪が確定する。
これで、一連のリ事件で起訴された12人のうち、公判が続いているのは来年3月に一審判決が予定されている贈賄側のリ社元会長・江副浩正被告(66)(求刑・懲役4年)だけとなる。
決定などによると、高石被告は文部事務次官だった1986年9月、〈1〉リ社が進学情報誌を作るため高校教師らから生徒名簿を集めていた問題が表面化していたのに、同社に不利益となる行政指導をしなかった〈2〉リ社の役員らを旧文部省所管の審議会委員などに選任した——ことへの謝礼などとして、江副被告らから、リクルートコスモス社の未公開株1万株を譲り受けた。
最高裁の初判断、汚職捜査の支えに(解説)
約13年に及ぶ高石被告の裁判で最大の争点となったのは、リクルート社に不利となる行政指導を行わなかった「不作為」が、わいろの対価になるかどうかだった。下級審では判断が分かれたが、第二小法廷は「積極的な便宜供与をしていないことは罪の成否を左右しない」と判断。公務員の「不作為」も職務行為と認定し、見返りにわいろを受け取れば、請託(依頼)がなくても収賄罪が成立するとしたのは、最高裁では初めてだ。
95年の一審・東京地裁判決は、高石被告を有罪としたが、「当時、リ社への行政指導が必要という認識が文部省内にはなかった」として、「不作為」をわいろの対象となる職務行為と認めなかった。これに対し、二審・東京高裁は98年、「被告は行政措置がリ社に影響を及ぼすことに配慮し、あえて積極的な対応をしなかった」として、「不作為」も便宜供与にあたると認定。一審判決より刑を重くした。
従来、行政措置などを行わないよう具体的に請託した上で、見返りにわいろが提供される受託収賄事件では、「不作為」も職務行為と認定する判例が定着していたが、請託のない今回のような単純収賄事件では、最高裁の判断がなかった。それだけに、「職務権限のある公務員に金品が供与された場合、権限の行使、不行使いずれの対価であっても公務員の公正に対する信頼を損なう点では同じ」と解釈した二審判決を最高裁が支持したことは、密室でのやり取りの立証を迫られる汚職捜査の大きな支えになることは間違いない。(石原 明洋)
リクルート事件公判の状況〈ルート、被告人、判決(経過)〉
■政界
藤波孝生・元官房長官 懲役3年執行猶予4年 追徴金4270万円(確定)
池田克也・元衆院議員 懲役3年執行猶予4年 追徴金1835万円(確定)
■文部省
高石邦男・元事務次官 懲役2年6月執行猶予4年 追徴金2270万円
■労働省
加藤孝・元事務次官 懲役2年執行猶予3年 追徴金681万円(確定)
鹿野茂・元課長 懲役1年執行猶予3年 追徴金134万円(確定)
■NTT
真藤恒・元会長 懲役2年執行猶予3年 追徴金2270万円(確定)
長谷川寿彦・元取締役 懲役2年執行猶予3年 追徴金2270万円(確定)
式場英・元取締役(故人) 懲役1年6月執行猶予3年 追徴金1135万円(確定)
■贈賄側
江副浩正・元会長 一審公判中(求刑・懲役4年)
辰已雅朗・元社長室長 懲役1年執行猶予3年(確定)
小野敏広・元秘書課長 懲役2年執行猶予3年(確定)
小林宏・元FF社長 懲役1年執行猶予2年(確定)
※FF=ファーストファイナンス
2003年3月4日付
江副被告に猶予つき有罪判決 リクルート事件で東京地裁
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東京地裁判決が認定した事実
グループ企業の未公開株が政財官界にばらまかれたリクルート事件で、贈賄罪に問われたリクルート元会長の江副浩正被告(66)に対する判決が4日、東京地裁であった。山室恵裁判長は「利益追求に目を奪われて及んだ犯行で是認できる動機ではなく、首謀者として最も重要な役割を担った」と指摘する一方、「贈賄によって公務員の職務の公正が害されたり、政治・行政がゆがめられたりしたことはなかった」と述べて、江副元会長に懲役3年執行猶予5年(求刑懲役4年)を言い渡した。検察側は控訴を検討するとみられる。
判決は、江副元会長が、グループの不動産会社「リクルートコスモス」(東京都)の店頭公開を控え、86年9月にその未公開株計5万3000株を、藤波孝生元官房長官(70)や池田克哉元代議士(65)ら7人に安値で譲ったとし、株譲渡そのものをわいろと認定した。
山室裁判長は、ほぼ起訴事実を認めたうえで、元会長側に有利な事情を酌み、執行猶予をつけた。
その理由として、まず未公開株という形での贈賄行為に言及。「譲渡の時点では、店頭登録後の価格がどの程度値上がりするか不確定な部分があり、現金による贈賄よりも犯情が軽い」と判断した。検察側は株の店頭公開時、値上がり確実だったとして「実態は多額の現金供与に等しい巧妙なわいろだった」と主張したが、判決はこれを退けた。
また、「当時は政官界に対する接待や贈答は社会規範を著しく逸脱するとは考えられていなかった」との社会事情も考慮し、「コスモス株譲渡は接待などの利益供与の一環で、当然のように受け入れていた収賄側にも問題がある」と述べた。
政治家2人への請託について検察側は「就職協定が守られないと、自社の就職情報誌の発行に支障をきたす」ことが贈賄の動機だったと主張していた。しかし、判決は「就職協定の存続・順守はむしろ国の正当な施策にかなったものだ」と指摘して悪質性が小さいと判断。そのうえで、「これまで贈賄罪で実刑となったのは、違法な職務行為との対価性が認められる場合に限られる」として執行猶予付きの結論を導いた。
この事件は、政界、旧労働・文部両省、NTTの4ルートにまたがり、政治家2人を含む計12人が起訴された。江副元会長を除く11人はいずれも執行猶予付きの有罪判決が確定。ただ1人残された元会長の審理は、検察・弁護側双方で100人以上の証人が出廷し、詳細な証拠調べが行われたため、裁判は13年3カ月に及び、322回を数えた。
◇
●判決が認定した事実の要旨(肩書はいずれも当時)
【政界ルート】就職協定が順守されないのは官庁が公務員採用で就職協定の趣旨を尊重しないことに一因があるため官庁が協定の趣旨に沿う適切な対応をするよう藤波孝生官房長官に尽力を依頼し、コスモス株1万株を提供。(小切手2000万円の資金提供は贈賄罪の時効成立)
公明党の池田克哉代議士に、就職協定が存続・順守されないとリ社の就職情報誌事業に多大な支障をきたすうえ官庁が青田買いをしているとして、官庁が就職協定に協力するとの申し合わせを順守するよう求める国会質問を依頼し、コスモス株5000株と現金300万円を提供。(ほかの400万円分は時効)
【旧労働省ルート】加藤孝・労働事務次官に就職情報誌の発行についての法規制や行政指導について好意的な取り計らいを依頼し、コスモス株3000株を提供。
【NTTルート】リ社の回線リセールやコンピューターの時間貸し事業への支援などの謝礼と同様の支援と協力を受けたい趣旨で、真藤恒会長ら3人に計2万5000株のコスモス株を提供。
【旧文部省ルート】高校から生徒の名簿提供を受けることについての黙認と、文部省の審議会にリ社関係者を選任するよう高石邦男事務次官に依頼し、コスモス株1万株を提供。
13年裁判「江副被告の疲労」配慮
政官財界を震かんさせたリクルート事件の主役に下されたのは、執行猶予付きの有罪判決だった。13年3か月にわたる長期審理の末、東京地裁で4日、開かれた元会長・江副(えぞえ)浩正被告(66)の判決公判。山室恵裁判長は「国政、行政に対する信頼を損ねる犯行で、企業経営者として軽率のそしりも免れない」と未公開株のばらまき工作を指弾しながらも、「321回の公判で被告には疲労の影も色濃い」とその情状を手厚く酌んだ。実業界から退いて久しい「戦後最大の起業家」は、伏し目がちに裁判長の判決朗読に耳を傾けた。
江副被告は午前10時前、グレーのスーツ姿で入廷。長期の法廷闘争を共にした9人の弁護士が座る弁護人席には目を向けず、うつむき加減に証言台の前に立った。顔には深いしわが刻まれ、かつて「戦後最大の起業家」「ベンチャーの旗手」ともてはやされた面影はうかがえない。
正面の3人の裁判官を見上げて一礼して判決主文の言い渡しを待った。
「被告人を懲役3年に処す」「刑の執行を5年間猶予する」
山室裁判長が有罪と執行猶予期間を告げた瞬間も、江副被告は表情を変えず、視線も落としたまま。山室裁判長に「理由は長くなりますから、どうぞ座って下さい」と促されると、また一礼し、証言台のいすに腰を下ろした。
判決理由の朗読中、江副被告は、検察官や弁護人がメモを取るペンを走らせるのとは対照的に、ペンを握ることもせず、裁判所職員から差し出された水が入った紙コップに2、3回口をつけただけだった。
一方、江副被告の法廷闘争を論告で「裁判引き延ばし」と厳しく非難した検察側。リクルート裁判に長年かかわってきた検事の1人は、テレビで判決を知った瞬間、「ああ、実刑じゃなかったのか」と無念な表情を見せた。「事件で社会的生命を絶たれた人に比べ、13年の裁判の末、執行猶予付きの判決ではあまりに軽い」と漏らした。
リクルート社は、「創業者の有罪判決を厳粛に受け止めている。今後、より厳格なコンプライアンス(法令順守)経営が求められていく中で、さらに高いレベルを目指す努力を重ねていく」とのコメントを出した。
判決に対し、東京地検の笠間治雄・次席検事は「事実認定については適正と考えるが、求刑を下回り、執行猶予を付けた点について、判決内容を精査して対応を決めたい」とのコメントを発表した。また、異例の長期裁判になった点にも触れ、「極めて遺憾に思うとともに、刑事裁判の現状に警鐘を鳴らすものと受け止めざるを得ない」とした。
◇
◆「事件は生涯、心の重荷」◆
江副被告は公判で検察側と対決姿勢を貫いたが、最後はコスモス株のばらまきを悔いる場面も見られた。
「気が狂うような取り調べで、拷問は今なおあると感じた」。1989年12月の初公判で検察の捜査を厳しく批判。その後、計38回行われた被告人質問でも、「私の意に反する調書が次々と作られた」と無罪を主張し続けた。
一方、92年5月に、保有するリクルート株をダイエーに放出することを発表。公判以外では逮捕後初めて公の場に姿を見せ、「社員が受けるショックを思う時、胸が張り裂ける。社員にどう説明するかを考えて、ここ数日、眠れなかった」と、心中を吐露した。
2001年12月に行われた最後の被告人質問では、「リクルート事件の江副浩正ということは、生涯背負っていく心の重荷」と、長かった公判を振り返り、昨年9月の最終意見陳述では、「愚かにも私がコスモス株を政治家らにお持ちいただいたことが、世間を騒がせた。犯した過ちは極めて大きい」とも語った。
判決前の読売新聞社の取材には、「事件後の選挙で自民党は大敗、現在も連立政権となっており、国会で何事を決めるにも時間がかかっている。これも私の罪とされるところ」と事件の影響にも言及していた。
◆「政治と金」改革進んだが…◆
激しい法廷闘争を続けてきた江副浩正被告だが、この間、他の11被告全員の有罪が次々と確定し、外堀は埋まっていた。
江副被告は、検事調書について「事実でないことを供述させられた」と任意性、信用性を真っ向から争った。だが、収賄側被告の裁判では、最終的に「江副調書」が証拠採用され、「信用できる」と認定されている。「請託(依頼)の事実があったことなどに合理的疑いが残る」として、1審・東京地裁が無罪を言い渡した藤波孝生・元官房長官について、2審・東京高裁は、請託を認めた江副調書の信用性を全面的に認めて逆転有罪とし、最高裁もこの判断を支持した。
リクルートコスモス株についても、「一般には入手が困難なうえ、値上がりが確実だった」として、職務に絡むわいろとの判断が積み重ねられてきた。
このため、焦点は江副被告に執行猶予が付くかどうかに移っていた。この日の判決は、江副被告の贈賄工作を認定しながらも贈賄罪で実刑を受けるケースはわいろ額が非常に多額など悪質な場合に限られているなど、江副被告に有利な情状を多く酌み取り、執行猶予付きの有罪判決とした。
一方、「政治と金」の不透明さを浮き彫りにしたリクルート事件は、深刻な政治不信を招き、政治改革論議の発火点となった。
1994年には、金がかからない選挙を目指して、小選挙区比例代表並立制が導入された。95年には、政党の活動費を国が補助する政党助成法が施行され、政治資金の収支を透明化するため、企業から政治家個人や政治団体への献金が一切禁止された。政治家1人につき1つだけ認められた「資金管理団体」への献金額も、1企業当たり年間50万円以内に制限され、2000年以降は、全面的に禁止になった。
しかし、こうした取り組みとは裏腹に、金にまつわる政治家の不祥事は後を絶たない。ゼネコン汚職事件の中村喜四郎・元建設相(起訴は94年)、旧建設省発注工事を巡る汚職事件の中尾栄一・元建設相(同2000年)、KSD事件の村上正邦・元労相(同2001年)、そして、昨年は鈴木宗男・衆院議員が汚職に問われた。
今回、江副被告に執行猶予を付けた山室裁判長は、判決理由の中で「(リ社の政治家や官僚への)接待や贈答は、少なくとも当時は、社会規範を著しく逸脱する行為とは考えられていなかった」と述べた。しかし、法廷の攻防が続いた13年余りの間に、社会の目はより厳しさを増している。江副被告に対する有罪判決を機に、今1度、「政治と金」の問題を問い直す必要があるだろう。(小林健)
元最高検検事の土本武司・筑波大名誉教授の話「あいまいな趣旨のまま、あいまいな見返りを求めて経済的利益を譲り渡した場合でも、贈賄罪が成立することを明確に示した点で、意義のある判決だ。収賄側にとっても、あいまいな趣旨の金を受け取った場合、収賄罪に問われることがある訳で、大きな警鐘を鳴らしたと言える。5分5分の確率で執行猶予が付くと予想していたが、社会的制裁を十分、受けているし、裁判が長かったことが大きい。江副被告を有罪にすることが重要で、服役はさせなくてもよいと裁判所は考えたのではないか」
作家・佐木隆三さんの話「贈賄側の実刑判決は少ないが、政官財を幅広く汚染し、当時の竹下内閣を総辞職にまで追い込んだ事件の中心人物なのだから、執行猶予が付いたのは納得がいかない。判決は、上場後の価格が不確定な未公開株の譲渡は、現金供与より犯罪の度合いが軽いと判断しているが、リクルートコスモス株は値上がり確実で、現金と何ら変わらない。江副被告はあからさまに公判を引き延ばし、最終的には“逃げ切った”という印象で、政治とカネを巡る裁判で悪(あ)しき手本を残した」
同じ写真なのに居眠りしていた幹部の目だけが開いているというなんとも不可解な現象が発生。市民からは「特殊加工したのでは」と疑問の声が上がっているが、科学技術館側はこれに対する回答を避けているという。
●独占スクープ!! 飯島愛「怪死事件」
「第一発見者」の正体にすべての謎が隠されていた!!
たった今、飯島愛の死体第一発見者がわかりました。
氏名は「スズキマイコ」。23歳。元タレント……。驚くべきはその職業。
そして、現住所「愛知県愛知県小牧市……」です。
緊急連続速報体制のなか、【プチバッチ!】が繰り返し書いた「あのこと」
が、すべて事実であることが、今、照明されました。
今回も、またまたまた、【プチバッチ!】はブッチギリ。完膚なきまでに
マスコミを叩きのめしました。
すべてのキーを握るのは、予言どおり「第一発見者」だっただから!!
そう、「スズキマイコ」こそが、飯島愛「怪死」の内幕を知る人物。【プ
チバッチ!】読者みなさまはすでにお気づきでしょうが、飯島愛は第二の川田
亜子だったのです。
【サイバッチ!】読者のみなさまは、お気づきですか?
……TBS第一報では、死体発見場所はバスルーム。そして、現在の公式発
表はリビング。読売第一報では、死体「第一発見者」は「所属していた事務
所の関係者」。現在は「知人女性」……。
TBSはその後、自分たちが発した「大誤報」を訂正することもなくスル
ー。読売は、訂正を出すこともなく密かに記事を変更。何事もなかったのか
のように、「事務所関係者」から「知人女性」へと書きかえています。
恐るべき事件の裏でおこったマスコミの情報操作と隠蔽……。
正月休みで取材が止まったカメのようにノロマなマスコミを尻目に、すで
に5本の緊急速報を連射済み。マスコミのウソと事件の真相を徹底的に暴き
倒します。
うけけけけ。【プチバッチ!】は【サイバッチ!】の1000倍アブないよ。
◎【芸能裏ねたジャーナル】怪死・飯島愛の携帯に……0096[12/26//07]
http://www.mailux.com/mm_bno_list.php?mm_id=MM3CA3355F1FC1F
●怪死・飯島愛の携帯に残された
死亡から遺体発見まで1週間。飯島愛が死亡したその日、パンスト販
売で大成功したタレントのU・Kから、すざまじい内容のメールが届い
ていたことが判明した。
遺品となった携帯には、「死ね」「売春婦」「嘘吐き」など、ありと
あらゆる罵倒が書き殴られてたメールが多数、残されていた、という。
「飯島愛の死亡推定時刻は17日未明ですが、ちょうどこの日、U・Kの
夫でパチンコチェーン社長であるT・Nの誕生パーティがあったんです。
約束してたはずの飯島が来ないということで、Uはこのパーティーの間
じゅう、飯島を罵倒し続けたそうです。
『20通以上、メールを出したのにぃ。愛ちゃん、嘘吐き』『金欠でこれ
なかったみたい』『人前でセックスすることがお仕事だったようなコだ
から仕方ないよね』。
飯島の携帯に残された罵倒メールというのは、パーティーの後、怒り
狂って出したものでしょうね」(全国紙警視庁担当記者)
警視庁渋谷署はこのメールに重大な関心をしめしており、Uも近日、
事情聴取される、という。
飯島愛の生前は「愛ちゃん、愛ちゃん」と仲の良さをアピールし続け
たUであるが、どうしたわけか、怪死発覚後、マスコミからの取材を完
全シャットアウト。各社にファクスを追悼ファックスを送りつけただけ
あとは姿を消した。
「中山秀征、美川憲一がマスコミに売り込みをかけ、テレビに出まくっ
ているというのに、Uの態度はあまりに不自然。だって、自分を売り込
むぜっこうのチャンスじゃないですか。あのおしゃべりなUが、なぜ?、
と不思議だったんですよ。なるほど、そんなことがあったんですね」(女
性週刊誌記者)。
以前から、我がままが売り物のタレントだったがが、今回のやり口は
鬼畜そのもの。マスコミは絶対に書けない情報なので、【プチバッチ!】
が追跡する「本筋」からはわき道に逸れるがあえて記事にしてみた。犬
を食う朝鮮人にも劣る腐れ外道を野放しにすることはできないのだ。
が、それでも、何よりも重要なのは「本筋」である。【プチバッチ!】
・自宅マンションオーナーは創価学会をこえる巨大カルト。台湾で飯島
3年後死亡を予言した占い師もカルト関係者だった!!
・バスルームで全裸変死体。リビングで発見のウソ!!
・遺書なし、死因は判明せずで事件性なし。警視庁発表の矛盾
・第一発見者六本木の「姫華」。マスコミ各社に売り込みをかける「女」
の正体
・本当の死因はエイズ。父親の懇願と、急浮上した謀殺説
・「ワ*ナ*プロに殺された!!」。芸能界に飛び交う恐ろしいウワサ
・ボブ・サップが一晩50円で飯島と!!
・マンション家賃100万円。無職の飯島愛のパトロンと売春ネットワーク
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【1】今世紀最大の岐路となる来年
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自動車だって家電だって市場が半分になってもおかしくない世界大不況だ。麻生
バカボン首相のように「3年で完治する」などと口から出まかせを言っているよう
な生易しい状況ではない。またトヨタをはじめ企業が、派遣社員のクビを切って生
産調整すれば、そのうち景気は回復するというレベルの話でもないのだ。まだ始ま
ったばかりのこの大不況が年明けから大恐慌に突入し、世界を震撼させる激変激動
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【2】崩壊寸前!「麻生自民」の体たらく
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民主党が出した衆院解散決議案に賛成した自民党の渡辺喜美元行革相に、党執行
部が下した処分は「戒告」という大甘さ。「反麻生」をうかがう議員に「選挙で刺
客を送る」なんて脅していたが、たった1人の造反者でさえ追放できないダメ政党
ということがハッキリした。もはや政権政党と威張っていられなくなった、この体
たらく。
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【3】非情リストラ70社
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業績悪化を理由に派遣社員や期間工、さらには正社員までを対象にしたクビ切り
が横行している。トヨタ5800人、日産2050人を筆頭に、100人単位の削
減だ。非情ともいえるリストラを敢行中の70社をリストアップしたら、もはやあ
らゆる業種に及ぶ。09年、失業率7%台、500万人が路頭に迷う恐れも出てき
た。
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【4】中川秀氏 元秘書に「口利き」疑惑
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自民党の中川秀直元幹事長の元公設秘書による口利き疑惑が浮上した。巨額脱税
で摘発された不動産会社「ABCホーム.」(東京)が名古屋証券取引所への上場
を目指していた05年、中川氏の公設第2秘書(当時)が、当時の塩田大介社長
(40)と一緒に名証首脳と面会し、上場できるように働きかけていたという。A
BC社は売れ残ったマンション在庫を買い取り、安く販売する手法で急成長。24日、
法人税法違反で塩田は逮捕された。
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【5】ヤンキースも勝てない世界同時不況 今オフ、数年ぶりの大盤振る舞いでサ
バシア、バーネット、テシェーラら大型FA選手を次々に獲得したヤンキースだが、
喜んでばかりはいられない。ヤンキースの大手スポンサーが相次いで契約を打ち切
る可能性があるからだ。先日、自動車メーカー「GM」がスポンサー契約を打ち切
ったが、新スポンサーのトヨタ、アウディは経営再建中であることから、この先の
契約はどうなるかわからない。このままスポンサー離れが進めば、球団が松井秀、
●飯島愛 自宅マンションで変死!! 総力体制で追う「人殺し」の正体!!
今日午後3時過ぎ、飯島愛(本名・大久保松恵)が、渋谷区桜丘町の自宅
マンションで死亡しているところを事務所関係者に発見された。一部、マス
コミは「自殺」と断定的に報じたが実際は「変死」である。死因は究明され
ていないのだ。
【プチバッチ!】は、数日前、「飯島が借金までして投資したが今回の金融
崩壊で一文無しになった」と書いている。ここ最近、飯島に関するさまざま
な情報が飛び交っていた。
「完全に狂っていたようですね。夜中に部屋から奇声が響き渡り、パトカー
が何度も呼ばれている。渋谷署内では有名で『またかよ』と言われていたと
か。深夜に痴話ゲンカのあげく、男が血まみれになり這うようにして出てき
た、という住民の証言も取れました」(全国紙社会部警視庁担当記者)。
が、問題なのこれからだ。
飯島がある男の「殺された」可能性が急浮上したのである。
「芸能界でもかなりの影響力を持ちその筋では相当、有名な男性とトラブル
になっていたようです。投資話でだまされたとか、生活費の管理をまかせて
いたとか。警視庁は、事件性はないと発表しながら『自殺』と断定していま
せんし……」(同前)。
いずれにしろ、キーマンはこの男。直接的か間接的かは、別として、この
男が飯島を「殺した」とは間違いないのだ。
飯島をしゃぶりつくしその全財産を巻き上げた極悪非道な男とは誰なのだ
ろうか? 詳細・続報は【プチバッチ!】で!!
【サイバッチ!】は1ヵ月ぶりの配信ですが、【プチバッチ!】はその間も日
刊でスクープを連発。マスコミには絶対に書けない事件の裏の裏を、容赦な
くエグリ倒します!!







